「今の月給を労働時間で割ったら、時給1,300円か…」
「深夜や土日だけバイトすれば、時給1,500円超えるし、そっちの方が気楽で稼げるんじゃないか?」
飲食業で忙しく働く正社員ほど、一度はこんな計算をしてしまうものです。確かに、飲食業のアルバイト時給は他の業種に比べて高い傾向があり、特に人手不足の店舗や都心部、深夜帯では魅力的な金額が提示されています。
ですが、その単純な「時給比較」だけで正社員という立場を手放すのは、非常に危険です。
なぜなら、正社員には「時給」という目に見える数字以外に、会社があなたのために支払っている“見えない給料”=「総報酬」が数多く存在するからです。
その価値を知らないまま「時給が安いから」とバイトになると、近い将来、必ず金銭的にもキャリア的にも「こんなはずじゃなかった」と後悔する可能性が高いのです。
「総報酬」とは、あなたが会社から受け取っているトータルの経済的価値のこと。基本給や残業代以外にも、これだけのものが含まれています。
毎月決まって支払われる基本給に加え、残業代(割増賃金)、深夜手当、通勤手当、住宅手当、家族手当など。そして年数回の賞与(ボーナス)は、バイトにはない大きな収入源です。仮に年間60万円の賞与があれば、それは毎月の給与に「5万円」が上乗せされているのと同じ価値があります。
正社員なら当然の権利である有給休暇。仮に月給24万円(1日あたりの給与1.2万円)で年間10日の有給をすべて取得した場合、働かずに「12万円」を得ていることになります。これは時給換算には含まれない、確実な収入です。
健康保険、厚生年金、雇用保険など、会社はあなたの給与から天引きされる金額と「同等かそれ以上」の金額を、あなたのために支払っています。
(例:月給25万円なら、会社はさらに約3〜4万円を負担)
これにより、病気やケガをした時の医療費負担が減り(健康保険)、将来の年金(厚生年金)が手厚くなり、万が一失業した時の給付(雇用保険)もバイトより長く多くもらえます。将来のための退職金制度も同様です。
健康診断、慶弔見舞金、食事補助や社割なども、金銭的なメリットです。また、新卒研修やスキルアップ研修などの「教育費」も、会社があなたに投資している「価値」です。
特に飲食業では、この「総報酬」の視点が抜け落ちやすい、特有の“錯覚”があります。
金曜の夜やイベント時、深夜帯のシフトは高時給です。その忙しい瞬間の時給だけを見て「バイトでも稼げる」と思い込みがちです。
しかし、飲食業は繁閑差が激しい業界です。雨が続いたり、大型連休明けの平日は客足が鈍り、真っ先にバイトのシフトが削られます。「今月は思ったより稼げなかった…」という事態が頻発し、正社員時代のように毎月安定した収入を得ることが非常に難しくなります。
(※ここからは、脅かす意図ではありません。私たちが飲食業界で多くの新卒・若手社員を見てきた中で、「正社員からバイト」という選択をした人が直面しがちな“現実”を、あなたの将来のために親身になってお伝えします。)
働き方の選択は自由です。しかし、一時的な「辞めたい」という感情だけでバイトの道を選ぶと、生活やキャリアの面で、想像以上の“痛み”を伴うことが少なくありません。
これが最も直撃する現実です。正社員時代は、たとえ店が暇な日でも月給は保証されていました。しかし、バイトは働いた時間(時給)がすべてです。
「人件費削減」のため、店が暇な時期(例えば2月や、祝祭日・長期連休の直後)は、容赦なくシフトを減らされます。「来週は半分しか入れない」と言われれば、収入も半分です。
飲食業は立ち仕事も多く、体力勝負です。もし体調を崩したり、ケガをして数日休めば、その分収入はゼロになります。正社員なら有給休暇や傷病手当金(社会保険)で守られますが、バイトではそのセーフティネットが非常に弱いのです。
生活の「安定性」は、「社会的信用」に直結します。20代前半ではピンとこないかもしれませんが、この信用は、人生の重要な局面で「選択肢」を与えてくれるものです。
「引っ越したい」と思っても、フリーター(アルバイト)というだけで入居審査に落ちやすくなります。「この人には安定した支払い能力がない」と判断されるからです。
もちろん、住宅ローンやカーローンはほぼ組めません。クレジットカードの新規発行や、携帯電話の分割払いさえ断られるケースもあります。
飲食業で「新卒正社員」として入社したあなたには、明確なキャリアパスが用意されていました。しかし、バイトになった瞬間、その“階段”から自ら降りることになります。
正社員であれば、発注・原価管理、売上管理、新人教育、シフト作成など、店舗運営の重要な業務を任され、店長候補として経験を積めます。
バイトになると、基本的には「現場オペレーション(接客・調理)」が中心となり、これらのマネジメント経験を積むチャンスは激減します。
「将来はエリアマネージャー(SV)になりたい」「本部の商品開発や人事に興味がある」という道も、バイトになった時点でほぼ閉ざされます。キャリアアップのレールから外れてしまうのです。
「バイトの方が気楽だ」と思っていたのに、逆に心身が不安定になってしまうケースも後を絶ちません。
稼ぐために、時給の高い深夜シフトばかりに入れられ、昼夜逆転の生活が常態化。正社員時代より体調管理が難しくなることがあります。
「正社員の責任から逃れたい」と思ってバイトになったのに、結局は人手不足の店舗で「バイトリーダー」のように扱われ、正社員並みの長時間労働や高ストレスな業務を、不安定な立場のまま任される…という皮肉な現実も多いのです。
「正社員からバイトへ」という考えがよぎるのは、あなたが今、何らかの「不満」や「困難」を抱えている証拠です。
その“本当の理由”は何でしょうか?
一時的な感情で「バイトになる」という近道を選んでしまう前に、あなたの悩みの根本を解決する「正攻法」を一緒に探してみませんか?飲食業界には、あなたが思っているよりも多くの選択肢があります。
飲食業=激務、ではありません。環境を変えることで解決できる可能性が非常に高い悩みです。
同じ会社でも、ターミナル駅前の24時間営業店と、オフィス街のランチメインの店舗では、忙しさも働く時間帯も全く違います。ディナー主体の居酒屋から、カフェや社員食堂、デリバリー専門店へ異動するだけで、劇的に働きやすくなるケースは多いです。まずは上司や人事部に相談してみましょう。
家庭の事情や体調など、理由によっては正社員のまま労働時間を短縮する制度(時短正社員)や、勤務地・時間帯を限定する制度(限定正社員)を利用できる場合があります。
「今の会社がどうしても無理だ」と感じるなら、転職も正攻法です。新卒で入った会社が全てではありません。近年は「完全週休2日制(土日休みも可)」「週休3日制」「年間休日120日以上」を導入している優良な飲食企業も増えています。あなたの「休みたい」を叶えてくれる会社は必ずあります。
狭い店舗内で毎日顔を合わせる飲食業は、人間関係が固定化しやすく、一度こじれると逃げ場がないように感じてしまいます。
最も現実的で即効性のある解決策です。特定の店長や同僚と合わない場合、別の店舗に移るだけで、驚くほどストレスなく働けるようになることは非常に多いです。
直属の上司(店長など)が悩みの原因である場合、その上のSVや、本社の人事担当者、コンプライアンス窓口などに相談する道があります。会社として、新卒のあなたに辞めてほしくないはずです。
もし、高圧的な態度や理D不尽な指示が「その店特有」ではなく「会社全体の体質」だと感じるなら、職場を変える潮時かもしれません。新入社員研修やメンター制度がしっかりしており、人を「育てる」文化が根付いている企業への転職を考えましょう。
「こんなに働いているのに、割に合わない」と感じる時ですね。しかし、バイトになって「時給」を追いかけるより、正社員として「月給」や「年収」を上げる道を考えるべきです。
頑張りが評価されにくい固定給の店から、売上目標の達成などでインセンティブ(報奨金)が出る店舗や会社に移るのも一つの手です。
むやみに深夜手当で稼ぐのではなく、日中の時間帯でも「客単価が高い」(例:専門料理店、コース料理主体など)か、「回転率が非常に高い」(例:行列のできる人気繁盛店)業態を選ぶと、会社としての利益率も高く、社員への給与還元も期待できます。
何をすれば昇給・昇格できるのかが不明瞭な会社では、モチベーションが上がりません。評価基準やキャリアステップが明確に示されている企業で、着実に給与を上げていくのが王道です。
深夜勤務や不規則なシフトが続き、体力的に限界を感じているパターンです。
理由②の「限定正社員」と同様に、「深夜シフトには入れない」という条件で正社員を続けられないか相談してみましょう。
飲食業には、夜の営業がない・短い業態もたくさんあります。
(例:ベーカリー、カフェ、社員食堂、病院・介護施設内のレストラン、デパ地下の惣菜店など)
これらは生活リズムを劇的に改善できる選択肢です。社内異動や転職を検討しましょう。
「独立するなら、バイトでいろんな店を経験した方がいい」と考える人もいますが、それは大きな誤解です。
独立して店を潰さないために本当に必要なスキルは、調理や接客だけではありません。「数値管理(売上、原価、人件費)」「人材育成(採用、教育、シフト管理)」「発注・在庫管理」といった“経営スキル”です。
これらは、正社員として店長やそれに準ずる職位を経験することでしか、体系的に学ぶことはできません。バイトでは絶対に任せてもらえない、最も価値のある経験です。
独立を本気で考えるなら、むしろ正社員の立場で「店を任される」ポジションを一日も早く目指すべきです。
「正社員からバイトへ」という選択は、一見すると「気楽」で「自由」で「稼げる」ように見えるかもしれません。
しかし、その裏側には、私たちが「総報酬」としてお伝えした多くのもの(安定した給与、有給、社会保険、退職金、信用、教育)を失うリスクが隠れています。
目先の「時給1,500円」という一つの数字だけで、あなたの人生の大切な選択をしてしまわないでください。
あなたが今「辞めたい」と感じていることは、決して悪いことではありません。それは、あなたの心と体が発している「今の環境が合わない」という正直なサインです。
大切なのは、そのサインの“本当の理由”と向き合い、時給換算という罠に陥らずに、「正社員」という価値ある立場を守ったまま、働き方を変える「正攻法」を探すことです。
あなたのキャリアは、時給で切り売りするほど安くはありません。ぜひ、長期的な視点で、あなた自身が後悔しない道を選んでください。
当メディア「飲食らぶ」では、飲食業界で働く方にインタビュー!飲食業界でしか味わえない魅力を徹底的に調査しました。ぜひ、こちらもチェックしてみてください。